2017年1月17日火曜日

政治学入門 A判定 A6105

「政治的リテラシー」について論じなさい。

はじめに
リテラシーという言葉は最近何にでも使われるようになった。「ネットリテラシー」「金融リテラシー」「メディアリテラシー」などだ。これは英語のliteracyがもともとの言葉で「読み書きができる、教養のあるという意味から転じて「情報や知識の活用能力」という意味でつかわれる。「政治的リテラシー」とは一般に用いられている概念ではなく独特の用語法である。以下よりこれについて論じる。

1.高くなった政治的有効性感覚
2009年の夏、民主党が掲げた「政権交代」に多くの有権者が期待を託した。そして、予想を超える民主党の大勝、自民党の大敗に終わり、ここに与野党が入れ代わる政権交代が実現した。選挙によって与野党が代わるのは六十年以上の戦後史のなかで初めてである。そしてこのときの投票率は69%強と、2005年の郵政民営化選挙の67.5%をさらに2ポイント近く上回る、この20年来の最高の数字となっているのである。これは小選挙区制という制度およびマニフェストというツールの点で政権交代を可能にしたと考える。しかし、この歴史的な政権交代をもたらしたのは、選挙を通じた有権者の選択であったということこそ最も重要な事実だ。制度が変わり、新しいツールが作られたとしても、有権者が政権交代を選択しなければ何も起こらない。

2.政治的リテラシー
政権交代を機に、有権者は今政治への期待感をかつてないほど高めているといえよう。それは今政権に寄せる期待感ではなく、投票によって政治状況を変えることができたという経験からくる期待感である。1993年の細川連立内閣の誕生を機に始まった政界再編によって政党支持を失った脱政党層が増え、「積極的に無党派でいよう」と考える積極的無党派が多数を占める中で、従来の組織動員型選挙の有効性が低下した。そこにマニフェストというツールが加わり、さらに小選挙区制がもつ政権交代の促進機能が実現した。しかし、期待が高まれば高まるほどそれが外れたときの失望も大きい。選挙での数の優位を獲得することを最優先にしてきた民主党政権にとって、高まる有権者の期待感に応えることは容易ではない。その結果、政治状況は急速に混乱の様相を呈するようになった。有権者の失望は大きい。では、その失望はまた新たな政権交代を繰り返すべきなのだろうか。しかし人々の期待に100%正解をだせるような政権などどこにもいない。百かゼロかという二項対立的な思考法は現実の政治をみるうえでは有害である。ポピュリズムは敵、味方、善、悪といった二項対立の図式こそ最も得意とするものだからだ。百かゼロかという思考法に陥らないためには、政治的リテラシーを高める必要がある。政治的リテラシーとは現実の政治過程や政策形成といったルールは設計図通りに機能するわけではないこと、目的を実現するためには時間が必要だという事、合意するためには妥協も必要だという事。そういう政治認識を持ち、そのうえで優先すべきものはなにかを決めていく判断力を身に着けるということである。政治的リテラシーは政治家と有権者双方に必要とされる基礎的能力である。

3.政治的リテラシーを高めるために
政治的リテラシーを高める鍵は地方政治の場にある。近年地方政治の状況は急激な変化をみせている。日本の地方政治はいわゆる二元代表制といわれ、国会議員が首相を指名する国政選挙と違って、議会の議員選挙とは別に首長を直接選ぶ選挙が行われている。首長も議会とともに選挙によって選ばれたという正当性をもち、その両者が時に対立して、時に協力し合うなかで政治を進めていくことが期待されている。だが、地方議会においては、首長と同じ会派による総与党体制が主流であった。首長は議会との関係を良好にすることによりスムーズな校政が可能になり、議員にとっては支持者と行政の仲介や口利きなどによって自らの存在意義がアピールできるというもたれあいの関係ができあがっていたのである。しかしそのような関係も今日では許されない状況だ。どこの自治体も経済状況は厳しく、行政のチェックもできないような議会に対して、不要論も含めた厳しい目が向けられている。また、改革派の無党派首長が続々と登場することによって、総与党体制が崩れ、これめでのような首長と議会とのなれ合いの関係が維持できなくなっている。地方を取り巻く制度的環境も2000年の地方分権一括法によって国からの機関委任事務が廃止され、地方自治体固有の事務や政策決定範囲が拡大した。条例設定権を有する議会に期待される役割と責任はかつてなく大きくなっているのである。そうした期待の大きさに対して、議会自らも改革を始めている。2006年には財政再建団体となった夕張市に隣接する栗山町で日本初となる議会基本条例が作成され議会改革の成果を条例化した。住民による直接投票で選出される首長に対し、地方議会の存在理由はどこにあるのか。少なくない数の議会がそれを自問し、答えを求めて動き出している。独任制の首長に対して合議制の議会ということを考えるならば、住民代表として「審議し、決定する」ことこそ議会の存続理由である。「議員あって議会なし」といわれるほど、これまで地方議会には議会としての活動や意思決定が決定的に不足していた。それに気づき、住民との関係を再構築しようとする議会が増えてきた。人口が減少する地域では特に行政サービスの見直しなど「負の分配」が求められる局面において議会として地方公共団体の政策形成に積極的に関与する必要がでてくることから政策形成過程への住民の参加を求めることにより多様な利害を出し合い議論したのち、議会として意思決定することもある。夜間議会や休日議会を開き、ネット中継を行って住民を議会に呼び込むとともに政策討論会や議会報告会を開いて住民のもとに出かけていく。そうした努力を地方議会が始めている。有権者が地方議会の動きに呼応し、自分たちの地域の問題を自分たちで考え、議論し、決めていく。そうした経験を積み重ねていくことが政治的リテラシーの涵養につながるだろう。

4.有権者としての自立
改革の動きは議会だけでなく、執行機関である首長にも生まれてきている。先に述べたローカルマニフェストの運動はかなりの広がりを見せ、マニフェストへのチェックや評価を行う受け身的な姿勢から、マニフェストに自分たちが要望する項目を入れるよう要求する「逆マニフェスト」のような運動も生まれてきている。有権者が、こうした経験を積み重ね、政治的リテラシーを向上させていくことにより、地方政治の現場も活性化する。2009年の政権交代は政党間での水平的な権力移動であったが次に求められるのは中央政府と地方自治体の間での垂直的な「政権交代」なのかもしれない。選挙による政権交代を経験し、政治的有効性感覚を実感した有権者たちが、今度は自らの生きる地域での政治参加へとつなげていく。その政治参加を通じて政治的リテラシーは高まり、政治への認識もよりリアルなものとなる。政治に任せいつも満ち足りなさを感じるのではなく自らが政治を引き受け、政治参加を実感する。そうした成熟した経験を有したとき、無党派層は「浮動する有権者」ではなくて「自立した有権者」へと進化することになると考える。そして有権者として政治に参加するために政治の仕組みや原理についての正しい理解、社会や経済の動きに関する豊富な知識、日本という国や自分の住んでいる地域の現状はどうなっており、どんな課題があり、どんな解決策が必要なのかを考えることが必要だ。日本の政治が変化の時代に入っているからこそ私たちが市民として政治に関与するというのはいったいなにを意味するのかもう一度見直し政治リテラシーを個々に身につけなければいけない。

参考文献
「実践の政治学」 法律文化社 畑山敏夫 平井一臣

0 件のコメント:

コメントを投稿